正しい現実を見る方法

TSJ86_yukachi20150208100123_TP_V

幸せになる方法

お金持ちになりたいな
幸せになりたいな

多くの人はそう願う。
しかし、本当にお金持ちって幸せなのだろうか?
幸せって何なのだろうか?

僕らの世界には2つの世界がある。

「現実の世界」と「概念の世界」

実在する物理的な世界と
頭の中だけの空想の世界。

主観的な妄想

たとえば、「犬」と言ったものは存在しない。
それは「犬」が概念だから。
現実に存在するのは「自分が飼っている犬」、
もしくはポチとかムクとか
目の前や現実世界に存在する個体としての犬だ。

犬は四本足で歩く。それは当然だ、と思うかもしれない。
しかし、それは「概念上の犬」であって
「現実の犬」がみんなそうであるとは限らない。

ポチは怪我して歩き方がおかしいかもしれないし
二足歩行する癖があるかもしれない。
事故で車椅子なのかも知れない。
もしくはあなたの想像通り四本足で健全に歩くのかもしれない。

一般的な「犬」と現実のそこに存在する「ポチ」が
同じだとは言いきれない。

みかんの輪切り

例えばみかんのイメージでも
みかんを輪切りにするときれいな放射状のみずみずしい切れ目ができる。
だがそれは概念上の自分が想像したイメージだ。

目の前の現実は
しなびているかもしれないし、みずみずしいかもしれない。色にムラがあるかもしれない、種があるかもしれないし、ないかもしれない。きれいな放射状かもしれないし、中心が偏ったいびつなものかもしれない。

その個体が実際にどうかは切ってみないとわからないのだ。

幸せにはなれるのか?

金持ちになりたい。
幸せになりたい。

同じことを言う人が後を絶たない。

しかし、実際そんなものがあるのかどうかは
そこに行ってみないとわからない。

僕らはいろんなメディアに洗脳されている。漠然としたお金持ちのイメージや
家庭をもって家族円満に過ごすイメージ。そんな空想をいろんな人の話や物語、アニメや映画などから何度も見させられている。だからみんな似たような空想を描きがちだ。

確かにお金たくさんがあれば食べるものは選び放題だし、移動も買い物もお金を気にしないでできる。

だが、現実にすべてが幸せだと思っている人はどれくらいいるのだろう?そのイメージにピッタリな現実を実現している人を今のところ僕は見たことがない。

よくあるイメージのような、南の島でトロピカルジュースを飲みながらノートパソコンでブログを書いて過ごす、そんな金持ちは少なくとも見たことがない。

お金持ちでも考えることは多い。

安心するどころか、資金を減らさないように運用したり、自分の会社を乗っ取られないように人から防衛したり、税金で持っていかれないよにアレコレ工夫したり、儲けたら儲けたで翌年の税金の計算をしたり、未来のことを考えて資産をどこに移しておくべきか、何に変えておけばどういうリスクから守れるか、などなど、考えることはたくさんある。

僕はそこまでお金持ちになったことはない。だからこそ実際にそこに行ってみて確かめるまでは安易に幸せだとは考えていない。

彼女ができたら幸せか?

例えば、「彼女が欲しい」という人がいるが
多くの人は「彼女ができる=幸せ」と考える。

でも、そのように考えるのはあまりにも単純な発想だと感じる。

実際には彼女ができると、デートしたり、イベントごとに付き合ったり、買い物に付き合ったり、意見がぶつかったり、夜の営みを楽しんだり、話に付き合ったり、聞いてもらったり、いいことも悪いこともたくさん重なる。

これまでの生活で映画やアニメなどで、外見や性格、楽しさなど、様々な意味で美しいイメージを抱いているが、現実世界では意外とそうでもないことばかりである。
いったいこれまでの人生で何度体育館横の木の木陰でミニスカートの黒髪の可愛い後輩から告白されただろうか。それはただの空想の物語だ。

100万歩譲ってそんな出来事があって恋人ができたとしても、
それが良い結果になるか、そうでないかは相手によるものだ。
アニメの中での女性のように純粋て気が利いて、タイミングの良いことなど現実世界では殆どない。

概念上の「彼女」はいいことしか思いつかないが、現実に存在する相手がどうか、で変わってくる。それは実際に付き合って確かめてみないとわからない。

かわいそうな障害者

ちょっと暴走してあらぬところが見え隠れしてしまったが、
もっと現実的な例えに戻そう。

例えば、
あの子、車椅子で生活しててかわいそう。。
脳に障害があってまともにしゃべれないなんてかわいそう。。

本当にそうだろうか?

それってその人の解釈ではないだろうか。
「自分がそうなりたくないから、そうなってしまったあの子はかわいそう」
ということではないのか。

「かわいそう」「幸せ」は本人の主観である。
言い換えると勝手な解釈である。

本当にそうなのかは本人に聞いて確かめてみないとわからない。
障害者=不幸、と思うのはあまりにも単純すぎる。

先入観、常識、思い込み、普通、これらはすべて主観である。
それは自分だけの閉じられた世界だ。

その世界から飛び出したほうがより世界が正しく見えるのではないだろうか。

まとめます。

あちこち話が飛んだが、

要するに、
確かめるまではただの妄想でしかない、
ということ。

隣の芝はかならず青く見えるものだ。
=妄想は美しく見えるのが常だ。

金持ちも男も女も障害者も、
見えてる所の裏では別の顔があるものだ。
その裏面のほうが現実的な要素が多いはずだ。

それは確かめてみるまでわからない。
表面的に見て想像するだけではだめなのだ。

相手の気持ちになるためには相手と同じ体験をしろと言う。
やって体験してみるとその違いに驚かされる。

まだ体験したことのない世界なら
一度体験しに行ってみよう。
そして自分の五感で事実を確認しよう。

そしたらより正しい現実がはっきりと見えてくるだろう。

それではまた。

もしこの記事が面白いと思ってくれたら
下のバナーを押して応援お願いします。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加