閾値、病気、破局、時代、ダウ理論

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人体と健康

僕らにはホメオスタシス(恒常性、安定状態)の機能がある。
それは、「本来あるべき(健康な)状態」を維持する機能だ。

しかし、一度「健康な状態」から外れてしまうと
正常な状態に戻すことは難しい。

例えば、風邪を引いたとしよう。
風邪を引いてる状態は「健康な状態」から外れてる状態だ。

一度風邪を引いてしまうと
健康な状態に戻すことはなかなか難しい。

例えば、木材をある程度曲げると「ボキッ」と折れてしまう。

折れてない状態が健康、折れた状態が風邪。
折れてない状態ならある程度の反りを戻すことは可能だが、
一度折れてしまうと、元に戻すことは難しい
(と言うか不可能=不可逆な状態)

風邪は悪化する前ならある程度正常状態に戻すことは簡単だ。
暖かくしたり、手洗いうがいをしたり、
マスクをしたり、栄養を摂ったり、休養したり。

しかし、一度閾値を超えて風邪が悪化してしまうと
それらの予防策をいくらやっても
風邪が治ることはない。
木材が一度折れてしまったら戻らないのと同じ。

喉が腫れてしまってからうがいをしても遅いのだ。
そして治るまでに1〜2週間はかかる(自己治癒の場合)

逆に言うと、(悪化する)閾値(ボーダーライン)を超えない範囲なら
予防は簡単だということでもある。

修復可能性

先程の木材や風邪のように
男女のカップルの関係においても
多少 喧嘩をしても仲直りをすることは容易い。

しかし、ある程度話がこじれてしまって
お互いに許容範囲(限度、閾値、堪忍袋の緒)を超えてしまった場合
関係を修復することは難しくなってしまう。

そして、一度関係が壊れてしまうと戻すことがとても難しくなる。

修復の可能性は限りなく小さくなってしまい、
もう後戻りはできないのだ。

要するに、
閾値を突破するのか、しないのか、
がその後の運命を大きく左右することになる。

求めるのは「安住の地」

話は変わるが、

トレードにはレンジとトレンドがある。
僕らトレーダーはトレンドが出たら利益を狙っていく生き物だ。
(もちろんそうでないスタンスの人も多くいるが)

先程の、「風邪 と 恒常性を維持する閾値」
をトレードで考えると

レンジ状態
=恒常性を保っている安定な状態。
=健康な状態
=秩序(価格が安定しているという表現での)

トレンド状態
=風邪を引いて何処かに向かい始めてる状態
=「健康」から解放されている状態
=安定が壊れてる状態(価格の)
=カオス(価格が定まらないという意味で)

と言える。
(※方向性の秩序とカオスと言う意味では真逆なので注意)

これを言い換えると、トレンドは
「価格の安定が崩れて、どこか価格が安定する価格帯を探し求めて動いている状態」
とも言える。

閾値を突破すると、
行き着く先を模索しはじめるのだ。

ダウ理論

相場の世界では
「トレンドが出たらトレンド崩壊の明確なシグナルが出るまでは継続する」
というコンセンサスがある。

有名なダウ理論の一部だ。

「相場のトレンド」を「時代」で例えると、
「安定期を離れて不安定になり、行き着く先を探している状態」と似ている。

ちょうど江戸の時代から開国して西洋文化が入ってきて
混乱している状態、時代がどこに行き着くのかを模索している時代。

そのようなものに似ている。

閾値を突破すると、
行き着く先を模索しはじめ、
しっかり安定するまではうごめいているのだ。

病気がぶりかえす

トレンドは小さい足から崩れていく
=徐々に価格帯が定着していく
=人々の心理的な価格も定着していく。
=頭が慣れてくる。
でも、小さな安定では、また踏み上げて巻き返して、
上位足では、やはりメジャートレンドが継続していく(価格的カオスに戻っていく)場合も多い。

それが先程のダウ理論の一説だろう。

時代でいうと
小さな革命は起こったが、政府に鎮圧されて
革命が失敗に終わって元の時代が継続するようなもの。

風邪で言い換えると、
治りかけでむちゃをすると、またぶり返してしまうように
風邪も完全に治るまでは再発の可能性が十分ある、ということ。
(再発は癌の方がわかりやすいかも)

「仕事のミス」で言い換えると
再発防止策を立ててしっかり運用開始するまでは
同じ失敗は繰り返す可能性が高い、ということ。

しっかり定着するまではぶり返すとことは
我々の病気の構造とすごく似ている。

レンジブレイク

恒常性(秩序)があるのかないのか
=閾値を超えてるのか超えてないのか
=閾値はどこなのか

これは
今の状態がどうなのか
超えたらどうなるのか
を判断する上でとても重要だ。

閾値を相場でいうと
「サポート・レジスタンス」ということになる。

そのラインを超えるかどうかが重要。
超えなければレンジ内で安定しようとする(恒常性)し
超えればどこか行き着く先を探す旅に出る。

レンジという村から出るのか出ないのか。
出ると分かったなら忘れ物を取りに来たときに
その旅にお供しよう。

ときには忘れ物がないかもしれないから
追いかけることも必要だが
歩く速度は同じだ。

そしてその旅人を信じて最後まで付き合っていこう。

そうすれば
どこか遠くまで連れて行ってくれるかもしれない。

それではまた。

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