知ることこそが正しいのか?

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「人間は知ることを愛する生き物である」

そう アリストテレス は言った。

あれも知りたい、これも知りたい
知を求める欲求は人間の基本的な欲求である。

今回は、人は知ることを欲するが、
知ることが何でも正しいのかを考えていきたいと思います。

知ることが何でも良いといえるのだろうか?

ありもしないことを知ってしまい
勝手に不安になる。

できそうにないことを知ってしまい
自分で制限を作ってしまう。

必要のないものの新製品新機能を知ってしまい
欲しい!と感じ、使わないカメラを買ってしまう。

新しく知ることが
本当に良いといえるのだろうか?

相手の気持ちがわかる薬は必要なのか?

相手の気持ちがわかる薬があると
便利だと思う人も多いだろう。

しかし、わたしの立場はそうは思わない。

相手の気持ちがわかってしまうと
自分を嫌ってる気持ちもわかってしまい
その場に居づらくなってしまう。

そしてその人と接するのが嫌になってしまうだろう。

また、「未来が読める薬」
があったとしても飲まないだろう。

やってみてできなくて初めて気づくことも
たくさんあるからだ。
失敗することがわかってて始めるのは
なかなかつらいものだろう。

初めから負けが確定してるギャンブルを
誰がやろうと思うだろうか。

未来はわからないから面白いのだ。
恋だって相手の気持がわからないから
楽しいのではないだろうか。

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頭がいい人ほど不安になりやすい

それはいろんな仮説を頭のなかで立ててるから
実際はやってみないとわからないことが多い。

頭がいい人ほど先の未来が読めるので
「このままいくとこうなるな」と予測し不安になる。

しかし、それは勝手に自分が解釈してるだけで
実際はいい意味でその通りに行かないことが多いのだ。

結局不安や悩みと言うのは

自分の頭のなかで妄想していただけ

ということになる。

ビジネスでも、
初めてしまえば意外とかんたんに稼げるのに
こうなったらどうしよう、
クレームが来たらどうしよう
お客がこなかったらどうしよう
そんなことを考えて前に進むことを拒んでしまう。

恋愛でも
告白して断られたらどうしよう、
本音を言って嫌われたらどうしよう
趣味を打ち明けて変なやつと思われたらどうしよう

そのように先回りして自分で不安を作り上げている。
情報も知りすぎると弊害もでてくるのだ。

世の中知らなくていいことだらけ

新製品、新情報、裏情報、根拠のない噂話、

テレビで流れてる情報は私にとって9割以上は不要なものだ。
こんな無駄な情報は知る必要はない。

情報の整理がうまくできる人は
いらない情報はどんどん捨て、
必要な情報だけを残して置くことがでできるのだろう。

そういう意味で考えると
断捨離の訓練はしておいた方がいいかもしれない。
モノの断捨離をすることで
情報の断捨離もうまくなるからだ。

物を捨てられない人は情報も捨てられない場合が多い
ならばいっその事、一時的に遮断してしまうのも手だろう。

一時的に遮断して、やはり必要なら
また必要な分だけ取り入れればいい。

世の中自分にとって不要なものは多い。
物でも情報でも。

そもそも、あれもこれも「自分に」必要だ、
と感じるほうが不自然だろう。

あれもこれも必要だと感じている人は
物や情報、テクニックなどに振り回されて
自分がやりたいことを見失ってるのかもしれない。

まとめます

知ることも大事だが、知りすぎることは良くない。
と私は思う。
知らないほうがいいこともたくさんあるからだ。

本当に自分が欲しくて意思決定したのならば何も問題はない。
危険なのは、自分で意思決定しているつもりにさせられて
誘導されてしまっていることだ。

だからこそ、自分が何をしたいのか、
そのために、何が必要なのか。

しっかりと自分の意志をもって生きたい。

それではまた。

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