野菜嫌い

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嫌な奴とは付き合いたくない
とても不快でストレスが溜まる。

しかし、それでいいのかと悩むこともある。

嫌いな野菜、何だった?

小さい頃納豆が嫌いだっただろう。
人参もピーマンも嫌いだっただろう。

栄養について
「好き嫌いしてもいい、
それは体が欲するからたべたいのであって
欲するときに食べればよいのだ、
嫌いなものは体が欲してないわけだから
あえて食べる必要はない」

そういう意見もある。

しかし、やはり野菜も肉も、
好きなものも嫌いなものも
食事はバランス良く食べたほうがいい。

嫌いなものも取ったほうが良い、
それは人間関係にも同じことが言える。

嫌いな人間はハンバーガーと同じ

人間の悩みの殆どが人間関係の悩みだと言われるが
嫌い(苦手)な人間と関わることはとても不快なことだろう。

しかし、僕らの精神を維持するには
適度なストレスは必要である。

適度なストレスというのは
自分にとって嫌な人間しか生み出せない。

嫌いな野菜からしか摂取できない栄養素があるように
不快な人間からしか体験できない必要ストレスがある。

ゲームでよくあるパターンで、
強力な武器ほど絶対勝てないような
強いボスが守ってるようなものだ。

そういう意味ではゲームって
ホントに人生の本質をついてるなと
製作者を尊敬する。

コーラとハンバーガーはジャンクフードの代表格で
からだに悪いのはミス・ユニバース級だろう。

毒への耐性

体にいいのは肥沃な大地で育った有機野菜や
きれいな海でとれたての新鮮な魚だろう。
健全な食材を摂取することは実に望ましいことだ。

しかし、体にいいものばかり取っていても
それはそれで体に良くないこともある。

健康食も長期間やりすぎれば、
毒に対するストレスへの耐性がなくなってしまう。
そうなると毒が入ってきたときのダメージは計り知れないだろう。

筋肉と精神

精神も筋肉と同様に
快適ゾーンを超えた過剰なストレスがかかるからこそ
その後の回復で超回復して成長する。

逆にストレスを極力与えないようにすれば
快適な環境に適応してしまい、
肉体も精神も萎縮していく。
快適な環境では強靭である必要性がないからだ。

つまり、快適な生活というのは
楽な生活と引き換えに
僕らを退化させていることにほかならない。

好きな人とだけ関わっていくということは
ぬるま湯に使って生きていくということになる。

それは成長を妨げ、
快適ゾーンに浸かりきって出れなくなる。

より自分の成長を楽しみながら生きていきたいのなら
進んでストレスのかかる人間とも付き合い
苦い体験も定期的にしておいたほうが良い。

あえてあるきにくい靴を選んで
自分に試練を与える。

そして乗り越える。

僕も嫌な人間とは距離を起きがちだけど
そういう気持ちを常に忘れないようにしたいね。

それではまた。

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